ウイーンとは
ウイーン シングルベッドフレーム
株式会社サイトオン aqua
ウイーン ダブルベッドフレーム
株式会社サイトオン aqua
ウイーンに燃えて [VHS]
アンドリュー・バーキン フェイ・ダナウェイ ポニーキャニオン
もっとブレス! はじめてのウイーン金管奏法
ゲルハルト ゼックマイスター 大島 隆一 吉田 太美男 メアジック
シンフォニー~ライヴ・イン・ウィーン~
TV FMで凄いと思ったサラの歌声が普通に聞こえてしまいました。臨場感もあまり感じられないし、音量をあげるとうるさく感じるし。多分、映像があったほうが良いと思います。ただ、アレッサンドロ・サフィナの歌声と、タイム・セイ・グッパイはやっぱり良かったです。ファンの方は是非DVDを。
田部京子ベスト~CDデビュー10周年記念盤
北海道室蘭市に生まれ、第53回日本音楽コンクールに最年少で第1位に輝いて以来、数々の国際コンクールに入賞し、いまはドイツを中心に世界的なキャリアを着実に登りつつあるピアニスト田部京子。本作は彼女のCDデビュー以来10年間にリリースした20枚余りのアルバムから選りすぐりの小品を構成したベスト盤である。 しっとりと静かな音が心に沁みるグリーグの叙情小曲集~「アリエッタ」から始まる本作は、ピアニスト自身の選曲だけあって、一夜のサロン・コンサートのように見事な流れをもった構成となっている。なかでも、ショパンに酷似したリャードフ「バルカローレ」、洒脱でしかも憂いの深いプーランク「エディット・ピアフへのオマージュ」は、比較的珍しい曲ながら、こうした配列の中では詩情豊かな魅力を発揮している。 リスト編曲による「夕星の歌」(ワーグナー)、「リゴレット・パラフレーズ」(ヴェルディ)も、田部の手にかかると、オペラの愉悦を含んだアレンジものではなく、シリアスな器楽曲として響いてくる。リスト「愛の夢」も有名曲特有の俗っぽさは無く、装飾音さえ真面目な音楽の一部となっている。メンデルスゾーン「紡ぎ歌」やモシュコフスキー「火花」のように、きらびやかな曲でも、田部京子の音色はしっとりとした落ち着きを失わない。 特にモシュコフスキーはホロヴィッツのアンコール・ピースとして有名な小品だが、かの巨匠が愛嬌と自己主張の塊のようなギラッとした妙技を見せていたのに較べると、田部の演奏は華やかであっても、外面的効果に寄り過ぎることはなく、上品なつや消しの真珠を彷彿とさせる音色に魅力がある。全体を通して、輝きよりは陰影、外面性よりは内面性への志向が伝わってくる。とても好感の持てる1枚である。(林田直樹)
バーンスタイン・メモリアルBOX [DVD]
<Disc Number="1"><Track Number="1">ベートーヴェン:交響曲第9番 ニ短調 作品125≪合唱≫ ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第1番 ハ長調 作品15 ラヴェル作品集 チャイコフスキー:交響曲第6番 ロ短調「悲愴」作品74 バーンスタイン:歌劇「タヒチ島の騒動」 ヴェルディ:レクイエム バーンスタイン・オン・ベートーヴェン レナード・バーンスタイン ギネス・ジョーンズ シャーリー・ヴァーレット プラシド・ドミンゴ マルッティ・タルヴェラ ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 ウィーン国立歌劇場合唱団 フランス国立管弦楽団 ニューヨーク・フィルハーモニー管弦楽団 ロンドン交響楽団及び合唱団 ニホンモニター株式会社ドリームライフ事業部
さっぽろ喫茶店グラフィティー
和田由美 井上哲 亜璃西社
旅行ガイドブック:ウィーン・ザルツブルグ・プラハ・ブダペスト (JALガイド)
JALブランドコミュニケーション キョーハンブックス
アーノンクール&ウィーンフィル「ニューイヤー・コンサート2003」 [DVD]
確かこのDVDを最初に耳にした!?のは、
山梨県の某町へ親類を訪ねて移動している車中でのことだったと思う。
なにせ、辺りも暗くそして道にしこたま迷っていたため、
さてどうしたもんだな、と思っているところに、
ガンガンにかかっていたのが本DVD(の音)なのである。
その時に感じた異様なまでに表出性の強い演奏は、
車中の音楽といえども、強烈に印象付けられるものだった。
改めて映像版を見直してみると、
やはりアーノンクールの音がはっきりと前面に押し出されていることに気づく。
とりわけ、踊りのための音楽(舞曲)に限定された制限枠の中で、
ウィーンの音楽史を伝統に基づいて過激に再現していく様は圧巻。
やはり彼はウィーン中心主義というべきか、
あるいはオーストリア=ハンガリー帝国の栄光というべきか、
音楽の拠って立つ伝統に対して執拗に歴史的一貫性を求めているように思えて仕方がない。
目が大きく見開いているように見える指揮姿も、
そうした伝統への回帰、執着、拘りの表出と取れなくもない。
果たしてこの音楽が鳴り響く中で、
安穏とダンスに興ずるなどということができるのだろうか?
祝祭空間を求めるニューイヤーコンサートというものに、
また国際的な音楽ビジネスに取り囲まれているなかで、
この演奏はアーノンクールの「反抗」を記しづけるものだ。
国際都市ベルリンで戦後ドイツ音楽の主軸を担ったカラヤン路線に敗北して、
保守的な都市ミュンヘンで反抗し続けたチェリビダッケが、
音楽の響きの中に計り知れない静寂を嗅ぎつけと同じように、
アーノンクールは国際的に受ける演奏曲目を取り上げるというよりは、
ウィーンの音楽的な伝統の再発見・再発掘作業を通じて、
現代では忘れられてしまった過剰な響きの金脈を掘り当てようとしたのではないか。
こうした舞台を見せつけられてしまうと、
2002年の小澤の指揮など、一陣の風にも恐らく値しないものになるだろう。
